|
◎◎ お車無料で廃車致します ◎◎
その図書館は、隅の方のよく陽の当たる本棚に、一風変わった本ばかりを置いている。みな背表紙が赤茶けた色へと変わり果ててしまって、どれも随分安っぽく古臭く見える。ほとんど題字の判読できないものばかりだ。 その本棚には分類名が記されていない。小説もあれば伝記もあれば生物科学の本もある。ただし全て「のようなもの」としか言えないのだけれど。小説「のようなもの」、伝記「のようなもの」、生物化学の本「のようなもの」。 そんな中にこんな料理の本があった。 まず初めに、これは家庭料理の調理方法を記したものです。残念ながら私たちは調理過程を絵(画)としてこの書物に留める技術を持っておりません。そのため読者たる貴方には大変な不便と想像力を強いなければなりません。そのことをまずは深くお詫びせねばなりません。 しかしながら、貴方に強いねばならない想像力は料理においては食材・調味料と、それらを如何様にも扱いうる貴方の手指と同じくらいに重要なfactor(要素)なのです。 まずは貴方の頭の中でこの書に従って調理を行ってください。色も形も盛り付けも、出来るならば匂いまでも明確に貴方の頭の中に、いいえ、五感を通じて全身に感覚される程までに想像してみてください。きっとこの訓練を通じて貴方の料理の技術だけでなく、愛情までも深まることと我々は確信しております。その一歩として、次のページへと移る前に、例の挨拶を交わしましょう。「いただきます。」1.グンデルニュ風バティッシュ バティッシュは貴方がごく幼い頃から頻繁にテーブルに饗されてきたことと思います。母の味と言い換えてもよいかもしれません。今回はその「一般的な家庭料理」というイメージを脱却し、テーブル上のバティッシュを見て少々うんざりといった態の家族の顔に、驚きのもたらす輝きを与えていきます。 手始めに、朝一番に家族全員へ今晩のおかずはバティッシュであると布告しましょう。入学前のお子様以外は、大体の場合において無感動な表情、あるいは落胆した様子を見せるでしょう。しかしそれを見ても憤慨したり落ち込んだりしてはいけません。この家族の反応こそが一番大切なスパイスとなるのです。夜、食卓を囲んだときに家族の発する輝きの表情、それを得るための必要な下ごしらえなのです。 家族をそれぞれの仕事に送り出した後はあなたの自由な時間です。掃除をするなり、のんびりするなり、お隣さんと旦那の不平を言い合うなり自由にお過ごしください。貴方の手や肩から余計な荷物を下ろし、包丁を握る準備を整えるのです。 夕方、貴方は全ての用事をすっかり済ませてから、キッチンの前に立っています。それが調理を始める前の約束事です。 手をひんやりとした水で洗ってから(可能ならば石鹸で手に住まう雑菌類を退治することが望ましいですが)鍋に七分目まで水を張ってください。そしてコンロの火で鍋を熱していきます。鍋の中の水が沸騰するまでの間に、グンデルニュに欠かせないデゾアを用意しましょう。デゾアは豚の乳を半発酵させた、謂わばチーズとヨーグルトの“間の子”のようなものです。 デゾアをスプーンで容赦なくグルグル掻き回してとろとろの状態にしたところで、香り高いダッジの瓶を三振りし、デゾアのカップの表面がグリーンに染まったところで、それをまたスプーンで掻き回し馴染ませておきます。 鍋が沸騰したところで頭と内臓を取り除いたギルグを茹でましょう。市販のものならばきれいに羽をむしってあるはずですが、もしも狩りなどで独自に手に入れたものならば、少々骨は折れますが360度どの角度から見ても羽の見えぬよう一切をむしり取っておいください。その際もしも途中で諦めの虫が騒ぎだしたときは、貴方の伴侶が貴方に内緒である夜、ベッドとキャンプからこっそり抜け出した時のことを思い出してください。それと同時にその日の昼、川辺で若い魅力的な女性と伴侶が体の一部をぶつけ合ったということで、滑稽なほど深く謝罪しあったことを貴方は思い出すはずです。深い謝罪を示す握手を交わしている彼女と伴侶、彼らがその際、意味深なアイコンタクトを交わしていなかったと貴方は言い切れるでしょうか。ここまで想像したところで、貴方の弱まっていた握力は再び活力に満ちることでしょう…… こんな感じで徐々にこの料理の本は調理から脱線し、夫婦間の危機を浮き彫りにしていくのだった。奥さんがある特殊な方法で包丁を鋭く、細長く砥石で研ぎ出したところで私はこの本を本棚に戻した。 その前に裏表紙をめくってみた。返却期日を記してある藁半紙の紙には「19**年1*月**日」というスタンプが一つだけ押してあり、本全体には細かく点々と赤い染みが出来ているのだった。
|